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宿題をやりたくない人がやる意味とは?学校の宿題はなんのためにやるのか?

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学校の宿題ってなんのためにやるのか?宿題をやる意味とは何なのか?そんなことを考えている人は多くいると思います。大学生になっても宿題ってあると思うんですよ。社会人になっても残業という形で、宿題に似た状況は生じているような気がします。つまり、宿題って子供も大人もみんなすごい身近にある存在だと思うのです。でも、宿題をやることの意味って何なんでしょうね?宿題はやらないといけないものとして存在し、みんなそれに従っています。その宿題とやらにメリットがあるのか?という考察はほとんど行われません。やらないといけないものだからやるという認識の人が多いのではないでしょうか?ここでは会社の残業というものは除きますが、なぜ宿題をやらないといけないのか?宿題をやる意味とは何なのか?について考えてみたいと思います。以前、ある著書でイチロー選手が学校で出された宿題をやる意味について語っていたことがあります。要約すると、彼は社会で生きているいずれやりたくないものをやらないといけないときがくる。その時の練習に備えて宿題をやる意味はある。という内容だったと思います。それがイチロー選手なりの宿題はなんのためにやるのか?に対する回答と言えるでしょう。

 

会社に入ればやりたくない仕事を任されて、それを全うしないといけない。そういう光景は確かにあるでしょうね。そういう状況に備えて、子供の頃から宿題を通じてやりたくないものもやっておくというのは、イチロー選手のような見方もできるかもしれない。しかし、私の意見はちょっと違います。私は宿題をやるべきか?そうじゃないか?については、結局合理的な判断がなされているか?がポイントだと思うのです。イチロー選手はやりたくないことをやらないといけない事態に備えての練習という点に宿題をやる意味を見出しているようですから、基本的に宿題はやった方が良いという認識なのでしょう。しかし、私は宿題はやらなくても良いケースが存在していると思います。それは合理的な判断のうえで、宿題をやる意味を感じられないときです。分かりやすい例を挙げるならば、宿題をやればお小遣いが貰えるというケースでは、如実に宿題をやるメリットがあります。こういうケースならやる意味はあります。しかし、例えば宿題をやらないとしても、親や教師は誰も怒らないし、成績にも影響がないという状況があったとしたら、その状況で宿題をやりたくない子があえてやるメリットはあるでしょうか?逆に言うと、宿題をやらないデメリットはあるでしょうか?私はないと思います。勉強したいって子や知識を深めたい子はやれば良いんだけど、特別そういう気持ちがない子にとって、宿題をやる直接的なメリットは存在しないのです。

 

しかし、現実的には教師や親に怒られないというメリットが存在しているはずです。だから、宿題をやる意味は一応ある。でも、それは宿題をやるということから直接生じるメリットではないのです。与えられたタスクをやるということに関してのメリットであって、宿題をやらないといけない必要性にはならないからです。イチロー選手の言う宿題をやる意味についても、会社をクビにならない、上司に怒られないというメリットがあるという解釈になるでしょう。つまり、メリットが存在しているからこそ宿題をやる意味があるということになるわけです。つまり、私が言いたいのは宿題をやる本人において直接的であれ、間接的であれ、メリットが存在していると考えたなら、その人にとって宿題をやる意味はある。しかし、親や教師に怒られても良い、成績が下がっても良いって子がいて、その子が宿題をやりたくないという状況ならば、宿題をやる意味は直接的であれ、間接的であればほとんど存在しないことになると思います。そうなると、そういう合理的な判断をしたうえで宿題をやる、やらないを考えているか?がそもそも重要になるということなのです。

 

ここで1番に問題になるのは合理的な判断をしないで下した決断になります。面倒くさいから宿題をやらないって子がいますね。その子は面倒くさいという感情的な判断によって宿題をやらないという決断をしてしまっているので、合理的な判断ではないという意味では、その子にとって宿題をやる意味があるのか?ないのか?全く分からないという状況になってしまっています。このケースでは、客観的に見て宿題をやらないという選択が正しいということにはならないでしょう。しかし、宿題を嫌々やっても頭に残らないし、そんな状況で宿題を無理矢理やらせようとしている教師や親が怒ってきても、その説教には正当性がないから無視すれば良い、成績が悪くても進学できるみたいに合理的に考えたうえで宿題を拒否する子がいれば、非常に合理的な選択をしているとなると思います。つまり、この子にとっては宿題をやるメリットがないのでやらなくても良いのではないか?と思います。こんなことまで考えられる子供はそうはいないでしょうけど。

 

イチロー選手が言っているように、将来訪れる場面に備えた練習という意味合いも宿題をやることのメリットにならないわけではないだろうけど、子供の頃からそういう練習をしていない人が、大人になって会社で働き始めたときに上司から任されるやりたくない仕事内容を全うできないか?というと、それもないんじゃないか?と思うんですよね。そういう事態があるとすれば、それは先ほど言ったような面倒くさいから宿題をやらないという子だけだと思うのです。子供の頃から面倒くさいから宿題をやってこなかった人は、大人になっても仕事を面倒と感じてやりたくないものはやらないかもしれない。という発想は成り立つ気がするのです。このタイプの人は「面倒くさがりな人間」という言い方ができなくはないからです。しかし、宿題をやらないという理由が合理的な判断によってならば、幼い頃から宿題をやらないとしても、大人になったときにやりたくない仕事をやらないという発想は成り立たない気がします。というのも、この人は宿題を面倒だから拒否してきたわけではないので、面倒くさがり屋という人間とは言えないからです。合理的な判断で宿題を拒否してきた人は、宿題をやることの意味を見出せなかったからやらないのであって、仕事に意味を見出せるならばやるでしょうから。仕事をしている時点で、働かないと生きていけないという環境下にいるはずですから、クビにならないということがやりたくない仕事をやるという最大のメリットになるはずです。宿題をやる意味というのは、宿題はなんのためにやるのか?という考察から生じるもので、人それぞれが感じ方の違う性質のものでしょうけど、宿題はやった方が良いのか?やらなくても良いのか?に対する私の回答は、その人が合理的に判断したうえで決まる。ということになります。ネットで調べたら「子どもに宿題をさせると悪影響しかないことが明らかに - GIGAZINE」みたいな研究結果を載せた記事も出てくるので、無理矢理やらせても子供にとって意味のある状況を生じさせるのは難しいかもしれないですね。宿題をやる意味はいろいろあるかもしれませんが、上記の記事によると学力向上という点について言えばほとんど実現していないみたいです。

 

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